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感染症特集③

感染3要因③ 宿主の観点から
SARS-CoV-2は、口腔から感染する
~ニューノーマル時代の新しい口腔ケアの意義~

2020年8月、世界に先駆けて口腔がSARS-CoV-2感染の入り口になる可能性を国際科学雑誌で発表した槻木 恵一先生に、感染予防に対する口腔ケアと唾液力の重要性について伺いました。

このインタビューは、2021年5月に当社研究フェロー村越が行いました。
※先生のプロフィールはページ下部にてご紹介しております。

村越:SARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)の感染には、宿主側ウイルス受容体ACE2※1と、ウイルスの宿主細胞への侵入を促進するタンパク質、セリンプロテアーゼTMPRSS2※2が関与することが報告(図1)されていますが、先生は2020年8月に、いち早く、病理学の専門家ならではのアプローチで、口腔内にACE2とTMPRSS2が存在することを明らかにされ、口腔はSARS-CoV-2の侵入口になる可能性をご発表※3されていらっしゃいます。COVID-19について、口腔に着目してご研究を始められた経緯を教えていただけますか?

図1 SARS-CoV-2の感染機構

槻木先生:私たちは唾液、特に「感染予防の砦」として働くIgAに着目した研究を行っています。そして、口腔ケアによって、インフルエンザ感染のリスクが下がることが知られていることと関連してかと思いますが、日本でCOVID-19が出始めるようになった頃から、COVID-19の予防に口腔ケアが大事ではないか、唾液でウイルス感染を防げるかといった問い合わせを数多く頂くようになりました。口腔ケアのCOVID-19に対するエビデンスはなく、根拠のない情報が目立ち始めていたことも非常に気がかりでしたので、専門が病理診断学ということもあって組織染色は得意分野ですから、口腔組織にウイルス受容体ACE2やTMPRSS2などが発現しているかを早速調べてみようと思ったことが始まりです。

村越:舌苔や唾液にも、TMPRSS2が含まれているというのは、世界初の発見ですから、論文は世界的な注目を集めていらっしゃいますね。

槻木先生:舌の表層の上皮細胞に、ACE2とTMPRSS2が共発現していて、SARS-CoV-2侵入の条件が揃っています。舌苔にTMPRSS2が含まれるというのは、舌苔が感染のリスク因子になり得、さらに、舌苔には剥がれた上皮細胞が含まれますから、ウイルスの貯蔵庫となっている可能性が推測されます。味を感じる感覚器である味蕾にもACE2とTMPRSS2が共存しており、ウイルスの侵入条件が揃っていますので、COVID-19の味覚消失の症状や後遺症として認められる味覚異常は、味蕾へのウイルス感染による細胞破壊や細胞の代謝異常による影響ではないかと考えています。

村越:先生は、唾液の働きについて「唾液力」と命名され、長年ご研究されていらっしゃいますが、唾液力のどういった機能が感染予防に繋がるのか教えていただけますか?

槻木先生:唾液は99%が水分で、残りの1%の中に機能性の高い物質が含まれています。これにより、自浄作用、抗菌作用、再石灰化作用など、感染予防だけでなく多様な役割を発揮して健康に貢献しています。唾液中には様々な感染抑制因子が存在していて、最も上位に来るのがIgA、ほかにもIgGやラクトフェリン、リゾチーム、TMPRSS2の働きを抑制する複数のプロテアーゼインヒビターなどが含まれていて、相乗効果があるものもあります。また最近の研究でSARS-CoV-2の感染既往がなくても、唾液中にSARS-CoV-2に対する交叉IgA抗体※4を保有している方が50%近くいることを見出しました※5。おそらくこうした感染抑制因子と、TMPRSS2のような感染リスク因子との口腔内でのバランスが非常に重要で、感染のしやすい・しにくいを左右しているのではないかと思います。特に、粘膜免疫の実行抗体であるIgAは、抗原特異性の高い IgGやIgMと違って、様々な種類の病原体を大まかに認識して結合する特性があり、病原体が体内に侵入する前に作用して感染予防に大きく貢献しています。加齢によって唾液中のIgAが減少することも、高齢者の感染リスクに影響していると思います。それから、注目しているのはラクトフェリン。唾液は血液からつくられているので、通常は、感染抑制因子の濃度は血中の方が高いのですが、ラクトフェリンは、唾液中の方がかなり濃度が高い珍しい成分です。この分布の逆転は、口腔の健康にとって非常に意味のあることではないかと思っています。こうした唾液中の感染抑制因子を十分に口腔内に行き渡らせるために、また、唾液自体に病原体を洗い流す自浄作用もありますので、唾液の量が十分であることが望まれます。

村越:先生は、IgAを増やすための研究もされていらっしゃいますが、どのようなアプローチがあるのでしょうか。

槻木先生:私たちは「腸―唾液相関」という唾液腺健康医学を提唱しているのですが、食物繊維や乳酸菌などのプレバイオティクスやプロバイオティクスを食べたときに、腸管内で代謝されて生成される短鎖脂肪酸により、唾液中のIgAが増加するメカニズムを研究しています。IgGなどのほかの抗体は主に血中に存在して抗原抗体反応の中でその量が制御されていますが、IgAは唾液や鼻水などの粘液にも多く含まれているとても身近な存在であり、自分たちの努力で量を増やすこともできるとてもユニークな抗体です。食物繊維や発酵製品の継続摂取により、唾液中のIgAが増加したという報告が多くあります。また、唾液の量そのものを増やすという意味では、咀嚼や水分を摂ることも大切です。また、IgAは、口腔内の汚れにも反応するので、IgAが病原体と結合する機能を妨げないように、歯みがきや洗口剤などによる口腔ケアで口腔を清潔に保つことが重要です。

村越:先生のご研究の次のステップとしては、どのようなことに着目されているのでしょうか。

槻木先生:歯周病とCOVID-19は、いったいどういう関連があるのかというところです。歯周病があると重症化するというようなことを言われていて、COVID-19による死亡や重症化リスクを高める要因として、歯周病菌などの口腔内細菌が関係しているとの論文が出ています。何が悪さをしているのか、また、重症化のメカニズムを明らかにしたいと考えています。

村越:最後に、メッセージをお願いできますでしょうか。

槻木先生:これまで歯科というと、虫歯や歯周病を治療するというイメージが強かったと思います。口腔が、SARS-CoV-2感染・増殖の場となり得ることが明らかになって、口腔ケアがウイルス感染対策にも貢献している可能性があり、口腔ケアへの認識が高まるきっかけになりました。さらに、歯周病が、糖尿病、心疾患、関節リウマチ、認知症など、様々な全身の病気に影響することがわかってきていますが、歯周病は口腔ケアで十分抑制ができます。食後の汚れを落とすものととらえられてきた歯みがきも、「口腔内の病原体を減らす」という新たな発想が重要になると考えています。
歯周病が全身の病気に関連する可能性があることを考えると、歯科だけの考え方や枠組みにこだわっていたのでは、次のステップに行くことはできません。
口腔と全身の関連にエビデンスが蓄積されるにつれ、全身の健康維持や増進に果たすべき、歯科の新たな役割が見え始めたといえるでしょう。ただ次のステップに進むためには、歯科だけでなく、工学系や農学系、栄養学などといった、まったく違う分野の皆さんと連携し、協働して研究に取り組んでいくアプローチで、新たな領域を切り開いていかなければなりません。
口腔ケアをきっかけに、歯科の重要性の認識が高まっている現在の状況に感謝しつつ、連携の輪を積極的に広げていきたいと考えています。

村越:次の研究成果のご発表を伺える日を楽しみにしております。本日は、誠にありがとうございました。

  • ※1 ACE2:Angiotensin-converting enzyme 2(アンジオテンシン変換酵素II)は、SARS-CoV-2の受容体。ウイルス表面上に存在するSタンパクと結合する。本来は、血圧調整に関わる酵素。
  • ※2 TMPRSS2:Transmembrane protease, serine 2 は、Ⅱ型膜貫通型セリンプロテアーゼの一種で、SARS-CoV-2の宿主細胞への侵入を促進する。ACE2も同時に発現する細胞は、SARS-CoV-2感染のリスクの高い細胞であることが示されている。
  • ※3 Existence of SARS-CoV-2 Entry Molecules in the Oral Cavity. Int. J. Mol. Sci , 2020, 21(17), 6000, DOI:10.3390/ijms21176000
  • ※4 交叉IgA:交叉性とは、一つの抗原で誘導された免疫反応が、同種類の別の抗原に対しても共通性の部分を認識して反応することを言い、過去のコロナウイルスの感染(一般的な風邪の原因はコロナウイルスである)がきっかけで、SARS-CoV-2を認識するIgAを指す。
  • ※5 Detection of cross-reactive IgA against SARS-CoV-2 spike 1 subunit in saliva, DOI:10.1101/2021.03.29.21253174
槻木 恵一 先生

神奈川歯科大学 副学長
神奈川歯科大学大学院 歯学研究科長 環境病理学講座 教授
槻木 恵一 先生

Profile

1993年神奈川歯科大学歯学部卒業。1997年同大学大学院歯学研究科修了。2007年より神奈川歯科大学教授。2013年より同大学大学院歯学研究科長。2014年より同大学副学長。歯科医師、歯学博士。専門分野は口腔病理診断学・唾液腺健康医学・環境病理学。2021年より日本唾液ケア研究会を立ち上げる。

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