睡眠の質を見える化一人ひとりに最適な眠りを提供する
写真左より、沢田あゆみ研究員、後藤博事業開発担当、物井則幸研究員、永盛友樹研究員、菅原経継事業開発担当。

睡眠の質を見える化。
一人ひとりに最適な眠りを提供する

人は、人生の約3分の1を眠って過ごす。だから、睡眠の良し悪しは健康に大きな影響を与える。その睡眠研究に、ライオンは半世紀以上も前から取り組み、睡眠薬やサプリメントを開発してきた。続くテーマとして定められたのが、さらなる睡眠クオリティの向上だ。ただし、これは簡単な課題ではない。なぜなら、自分の睡眠状態を客観的で正確に理解するのは、ほぼ不可能なため、効果的な対策を施しようがないからだ。そこで、何よりもまず求められるのは、睡眠の質の見える化である。その上で、個別最適化されたソリューションを提供する。そのためのシステム開発からBtoBサービス展開に取り組んだメンバーに、研究から開発に至るプロセスを語ってもらった。

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プロフィール

開発リーダー物井 則幸
オーラルケア・生命科学・機能性食品の研究を経て現在は新規事業開発を担当。
開発担当永盛 友樹
入社以降、睡眠ケアサプリや睡眠判定アルゴリズムの開発に携わり、現在は新規事業につながるシーズ探索を担当。
開発担当沢田 あゆみ
入社以来睡眠関連の研究に携わり、現在は新規事業開発を担当。
事業開発担当後藤 博
睡眠チームで新規製剤開発を担当後、現在は新規事業開発を担当。
事業開発担当菅原 経継
製品の安全性評価に携わった後、現在は新規事業開発でコンディションナビを担当。

INDEX

独自の切り口で睡眠の質を高める成分を発見

なぜ、人は眠るのか。この根源的な問いに、科学はまだ明確な答えを出せていない。
「ただ、睡眠と全身健康の関係性は、10年ぐらい前から明らかになってきました。睡眠にはレム睡眠とノンレム睡眠があります。この2つの睡眠によって構成される睡眠サイクルの良し悪しが、高血圧や糖尿病などの生活習慣病の発生リスクを左右するといわれています」と、10年以上前から睡眠研究に取り組んできた物井研究員は現状を語る。

ノンレム睡眠とレム睡眠を繰り返しながら、徐々に眠りが浅くなり自然に目覚めるのが、質の良い睡眠サイクルである。

ライオンは早くから睡眠の重要性に着目し、1966年にはすでに睡眠薬を開発している。さらに、2010年からは睡眠をサポートするサプリメント(以下サプリ)の開発にも着手した。
「このサプリ開発では、従来の睡眠薬とはまったく異なるアプローチでの成分探索に取り組みました」と説明するのは永盛研究員だ。

睡眠に関する問題は大きく3つある。入眠障害と中途覚醒、そして眠りの浅さだ。入眠障害とは、布団に入ってもなかなか眠れず日常生活に支障が出る問題、中途覚醒とは、睡眠中に何度も目が覚め、その後なかなか寝付けないという問題、眠りの浅さとは、睡眠時間は十分なのに、ぐっすり眠った感じが得られないという問題である。
このうち、従来の睡眠薬や多くの睡眠サプリが対象としてきたのが、入眠障害の改善である。これに対して研究チームは、眠りの浅さを研究テーマとして取り上げ、眠りを深める物質の探索に取り組んだ。
当初候補に挙げられた物質は80種あまり。そこから臨床試験も行いながら、精査を重ねて絞り込みを続けていった。その結果、たどり着いたのが「清酒酵母GSP6」(以下、清酒酵母)だ。

開発プロセスでは、一種のセレンディピティが功を奏したと沢田研究員は振り返る。
「メンバーで食事をしているときの出来事でした。誰かが、お酒を飲むとなぜか眠くなるんですよね、とつぶやいたんです。それでピンときたんです。お酒つながりといえば、確か候補物質に清酒酵母があったなって。清酒酵母そのものは、お酒には含まれていませんが、醸造時だけ使われる素材であることは調べていました。そして次の日に清酒酵母を試してみると、これが大当たりでした」
食事の席でのなにげない会話が発見につながった。

研究員たちが交わす他愛もない雑談の中から、研究を進めるヒントが得られるケースも多い。

睡眠の質、その見える化に挑戦

清酒酵母を活用した製品が開発されると、次はより精緻な睡眠改善が研究テーマとなった。サプリに加えて、一人ひとりの生活習慣などを改善できれば、睡眠効率はより高まる。その際にカギとなるのが「個別化」、つまり一人ひとりに最適化された睡眠の提案だ。実現するには睡眠の質の見える化が欠かせない。
「わかりやすくいえば、まず睡眠の健康診断をやろうと考えました。レム・ノンレムの睡眠サイクルには個人差があるはずですから、人により睡眠の問題点も違ってきます。とはいえ、なにしろ寝ている間のことであり、どこが悪いのかを本人が自覚できるはずもなく、睡眠の質を見える化する手段もありません。そこで、健康診断で身体の状況を数値化して改善提案するように、睡眠の質も見える化できれば、個別に最適化された睡眠改善法を提案できると考えたのです。」と、物井研究員はプロジェクトの構想を説明する。

まず、これまで主観的に判断するしかなかった睡眠を、客観的なデータにより見える化する。具体的には睡眠状態をセンシングするツール検討に始まり、睡眠の質を判断するシステムを構築した上で、個別最適化された睡眠改善法を提供する。挑戦的なプロジェクトは2016年からスタートした。
最初の課題は、睡眠の質の正確な測定だ。ヘッドギアタイプの脳波計などを使えば測定自体は可能だが、それでは日常的に使えるアイテムとはならないし、脳波計の着用自体が睡眠を阻害してしまう。寝るとき手軽に身につけられて、簡単に眠りを測定できるツールとは、どのようなものがふさわしいのか。

永盛研究員は、「いろいろ試してみた結果、形状としてはリストバンド型デバイスが測定精度を保ちながら、最も手軽で眠りにも影響しないとわかりました」と開発の経緯を振り返る。

研究チームが採用したリストバンド型デバイス。これで睡眠の質を見える化する。※画像はイメージ

リストバンド型デバイスで、睡眠の質の見える化を実現するために必要となるのは、実際の睡眠状態を反映したデータの収集である。今回のリストバンド型デバイスでは、睡眠時の身体の動きや脈拍などのデータから、睡眠時の脳波の動きを予測する。そのため、まずはリストバンド型デバイスによる、身体の動きや脈拍の測定結果を、どれだけ正確にデータ取得できているのか。
「エビデンスベースを徹底するには、データの量と質が欠かせません。研究をスタートした当初は、1分ごとに1データを収集するレベルだったのを、最終的には1分間の収集データ数を120まで増やしていきました」と説明する沢田研究員は、「データ収集の協力者も社内外から募って、最終的には数百人規模で行っています。その結果120データ×睡眠時間×人数分のビッグデータを収集でき、これをベースに検証していったのです」と付け加える。

データ量が揃えば、次はデータの質である。リストバンド型デバイスで収集したデータの正確さを確認するため、協力者には就寝時にデバイスに加えて簡易脳波計もつけてもらい、実際の脳波の正解データを取得している。つまり、脳波計で測定したデータを正解として、リストバンド型デバイスで収集したデータから予測した脳波と突き合わせながら、デバイスによるセンシングなどデータ収集プロセスに修正をかけていく。
「脳波データの取得には、協力者の負担を減らすため、頭やおでこに4つ電極を付ける簡易型の脳波計を使用しました。とはいえ脳波計の付け方と使い方を理解してもらう必要があります。それを数百人レベルでお願いするわけですから、それなりに苦労しました」と永盛研究員は語る。
ただ、データ取得を終えた段階ですでに、予想外の手応えも得られていた。それは協力者たちの反応である。

デバイスと脳波計をつけてデータ採取してくれた協力者には、各自の睡眠の質を数値化つまり見える化して提供した。自分の正確な睡眠状態を見るなど、ほとんどの人にとっては初めての体験である。その結果にはみんなが興味津々、自分の睡眠感覚と実際の睡眠状態の一致具合に納得する人がいれば、感覚と実際の違いに驚く人もいたという。自分ではよく眠っているつもりでいても、実際には理想の眠りとはなっていない人がいる。この違いが次の展開へとつながっていった。

睡眠プロセスの見える化、そしてソリューション開発へ

正解データとなる脳波形での測定データをもとに、リストバンド型デバイスから収集したデータを解析するアルゴリズムにきめ細かな補正をかけていく。地道な作業を続けた結果、アルゴリズムの精度が十分に高まった。つまり、個人の睡眠の質を手軽に見える化できるツールが完成した。
「次にやるべきは、睡眠の質を高めるための改善策の検討です」と、事業開発を担当する後藤が課題を語る。
見える化された個人の睡眠状態に対し、ソリューションを考案する。これまでにライオンの睡眠研究で蓄積した知見やデータをもとに、睡眠研究に携わる社外の有識者も交えて検討が繰り返された。議論に加わるメンバーの間では「根拠のない間違った提案だけは絶対にしない」との合意がなされていた。これまで開発した睡眠サプリ製品の提案に加えて、帰宅後の居眠りを避けたり、寝る前にストレッチを行うなどの生活習慣も含む睡眠改善行動をアプリ上で提案するシステムが一旦まとまり、その効果測定のための実証実験が行われた。

「実証実験では単盲検・ランダム化並行群間試験を行いました」と沢田研究員が語る試験内容は、次のようなものだった。
対象としたのは、睡眠不満を抱える男性81名、女性28名の日勤者だ。睡眠改善提案の効果検証のため、測定のみを行う対照群と、測定に加えて睡眠改善提案を行う「チェック&ケア」グループに分けて試験を行った。1週間の測定の後、「チェック&ケア」グループに対しては2週間かけて、事前測定の結果に基づく生活習慣の提案を行い実施してもらう。その後「チェック&ケア」グループと対照群を比較すると、睡眠満足度、眠りの深さ、中途覚醒のいずれの項目も、「チェック&ケア」グループで有意な改善が見られた。「さらに、睡眠満足度が高まった層は、日中の生産性についても有意に改善したのです」と沢田研究員。

主観的な「睡眠満足度」に加えて、デバイスで測定される客観的な「眠りの深さ」「中途覚醒」で、有意な改善が見られた。
主観的な「生産性」についても有意な改善効果が見られた。

睡眠改善提案の有効性が確認できたことで完成した睡眠チェック&ケアサービスは「コンディションナビ」と名付けられた。このサービスは1 to 1で提供される、ライオンにとって新たな取組みとなる。
新サービスの価値をまずは誰にどのように訴求していくのか。後藤と共に事業開発に携わった菅原は「睡眠の改善は健康につながります。だから最初は健康経営に取り組む企業が、関心を持ってくれるのではないかと考えました」と明かす。
ただ、睡眠改善効果のエビデンスがあるとはいえ、即効性や直接的で目に見える効果訴求は難しい。そこで方向転換が図られた。
「睡眠改善による効果を、安全対策と結びつけられないか。具体的には、睡眠が改善され体調が良くなった結果、労働災害が減るとなれば経営層も関心を持ってくれるのでは、と考えました。睡眠不調による労働災害といえば、自動車運転中の事故です。そこで運輸・運送業や旅客運輸業へと絞り込んでいったのです」と後藤は語る。

事業化を進める際には、沢田研究員を始めとする研究スタッフと、後藤らの事業開発担当の間で念入りなすり合わせが繰り返された。

運輸・運送業を対象に1 to 1サービスを提供

ちょうどこのタイミングで、世界がコロナ禍に襲われた。状況の大きな変化は、ビジネス展開にどのような影響を及ぼしたのか。後藤はこれを好機として捉えた。
「コロナ禍により旅客業は厳しい状況となりましたが、巣ごもり生活で通販需要が伸びて物流が増し、ドライバーの負担が大きくなった。運輸業ではドライバーのコンディション管理が注目されていたのです」

ドライバーの体調は、睡眠の質に大きく左右される。睡眠不足は集中力や注意力の低下を招き、交通事故につながるとの報告もある(※)。

厚生労働省 「健康づくりのための睡眠指針 2014」
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/kenkou/suimin/

事故が起こる状況と睡眠の関係性については、何度も議論が繰り返された。

「コンディションナビとは、ドライバーがリストバンド型のデバイスを就寝時につけて寝るだけで、寝つきや眠りの深さ、中途覚醒と睡眠時間を測定し、睡眠状態を見える化してスマホアプリで表示するサービスです。その上で、結果と各ドライバーの特性に応じて、一人ひとりに最適化された生活習慣アドバイスをメインに、サプリによるバランス調整などの提案までも行います。また、運行管理者は、各ドライバーの体調(睡眠/疲労感)をPC管理ツールで一元管理できます。」とサービス内容を説明する菅原は、その最大のメリットを「安全な運転業務のサポート」だと強調する。

睡眠状態の採点結果に従い、一人ひとりに最適化されたよりよい睡眠のためのアドバイスがスマホに表示される。

睡眠状態を可視化するコンディションナビの導入は、運輸業を営む企業に事故低減のメリットをもたらす。事業会社では、ドライバー各自に対して朝夕の点呼がルール化されている。その際に確認するドライバーの体調は、以前はドライバーの自己申告に任されていた。見るからに体調が悪そうでも、ドライバー自身が大丈夫ですといえば、反論しようがなかったのだ。ところが、コンデイションナビを導入すれば、運行管理者がドライバーの睡眠データをPC管理ツールによりリアルタイムで数値把握でき、体調を気遣うことができる。

「点呼時に睡眠データに基づいて、管理者がドライバーにひと声かければ、ドライバーには自分の体調を理解してもらっている安心感が生まれ、自然とコミュニケーションの質も高まります。デバイス活用により、管理者は、日中のドライバーの疲労度もリアルタイムに確認できる。疲労度の状況を見て、少し休んでもらったほうがいいなと判断したときには、ドライバーに休憩を取るようタイミングよく伝えることができます」と菅原はメリットを語る。運輸業にとって、事故低減は大きな価値となる。

後藤と菅原のチームでは、コンディションナビを運輸業から周辺業界へと展開し、いずれはBtoCへの展開も視野に入れている。

睡眠は健康の基盤であり、居眠り運転などによる事故の防止はもとより、疾病予防にもつながる。求められるのは個別に最適化された睡眠改善であり、そのためには睡眠の質の見える化が欠かせない。全身健康を追求するヘルスケアのリーディングカンパニーを目指すライオンは、上質な睡眠をもたらすサービスをまずBtoB領域で定着させ、さらにBtoCへの展開へと広げていく。

・所属は取材当時のものです(2022年10月取材)