洗濯を進化させる「すすぎ0回」は、どのように成し遂げられたのか

2023年2月にライオンから発売された、柔軟成分入り洗濯用洗剤『アクロンスマートケア』。すすぎ回数0回で洗濯できるという、これまでの常識を覆す本製品の開発には、アイデア出しから発売まで、約4年の歳月が費やされた。研究所で中心的役割を担ったのは、ファブリックケア製品の開発を担当する武井研究員だ。製品の特長開発の経緯について、詳しく話を聞いた。

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製品紹介

「すすぎゼロ洗浄」で“キレイ”・‟時短”・“ECO”を実現! 柔軟成分入り洗濯用洗剤(おしゃれ着用)『アクロンスマートケア』

洗濯工程の約7割を占め、衣類ダメージの原因でもある「すすぎ工程」をカットする新技術「すすぎゼロ洗浄」を実現した、おしゃれ着用の柔軟成分入り洗濯用洗剤。「お気に入りの服を、キレイに長く着たい」という要望に寄り添い、“時短”と“ECO”も実現し、“お気に入りの服をケアする新しい洗濯方法”を提案する製品。
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INDEX

“すすがない洗剤”が生み出すベネフィット

武井研究員が“すすぎ0回”の洗剤を開発しようと思いついたのは、2019年のことだ。当時、武井研究員は新しい製品を生み出すための技術シーズをつくり出す新規チームにいた。新規チームのメンバーは、特定の担当製品を持たない代わりに、次々とアイデアを出す必要がある。時には1,000個のアイデアを書き出して、チームで検討していくこともあったと武井研究員は話す。その中で、なぜ「すすぎ0回」洗剤のアイデアを育てていこうと考えたのだろうか。

「すすぎ回数を減らすことは洗濯中の水や電気の使用量の削減などに繋がり、環境配慮の観点から重要です。当時すでに、すすぎ1回の洗剤は複数の会社から製品化されていましたから、すすぎ回数を減らすというアイデアの方向性自体は、それほど突飛なものではありませんでした。ただ、すすぎ0回と聞くと不安に思う生活者もいらっしゃると思います。そこで、すすぎ0回でも従来品と変わらない洗浄力と、これまでの洗濯習慣を変えてでも新たに試してみたいと思える、お客様にとってのベネフィットが提供できれば、製品として勝負できるのではないかと考えました。」

武井研究員は、チームのメンバーと一緒に、すすぎ0回によって提供できる価値を考えた。

まず候補に挙げられたのが、洗濯時間の短縮だった。大半の洗濯機のすすぎ回数は、2回に設定されている。つまり、洗浄後に脱水し、再び水を溜めてすすいで排水し脱水、さらにもう一度それを繰り返すのが普通だ。しかし、すすぎ工程を全てカットできれば、洗濯時間は半分以下になる。

すすぎ工程0回と通常の洗濯工程の比較

また、すすぎ工程をカットすることで、使用する水の量を大幅に減らせることも「すすぎ0回」洗剤の開発の動機を後押しした。製品化できれば環境に優しい洗剤になり、資源循環型社会の実現に貢献できる。

すすぎ回数(2回/0回)による水・電力・CO2の削減量の比較

さらに、すすぎをなくすことで、衣類が浸水している合計時間が短くなり、脱水も一度で済むので、服へのダメージが少なくなることが予想された。すすぎ0回なら洗い終えたあとのシワやヨレも少なくなることを、試験的に確かめた。

この価値なら、衣料用洗剤の中でも特に服へのダメージ抑制のニーズが高いおしゃれ着用の洗剤で活かすことができるのではないか。そう考えた武井研究員は、のちの『アクロンスマートケア』の元となる、すすぎ0回技術の開発をスタートさせた。

すすぎ0回を実現した新技術

武井研究員が所属する新規チームでは、それぞれの研究員に担当するテーマがあり、それを自らが中心になって育てていく。すずぎゼロ技術を担当した武井研究員は、すすぎ0回洗濯を達成するためにさまざま研究に取り組んだ。最初に行ったのは、界面活性剤の配合量を減らすことだった。

界面活性剤は衣類の汚れを落とすために配合されているが、洗浄工程後、衣類に残る可能性がある。そこで通常の洗濯では、すすぎ工程により衣類に残る界面活性剤を洗い流している。つまり、すすぎ0回を実現するには、洗浄工程で出来るだけ界面活性剤を洗い流す必要があった。

「洗浄工程でしっかりと洗い流せるように、1回の洗濯で使用される界面活性剤の量を従来よりも減らすことを考えました。ただし、界面活性剤を減らしたことで低下する洗浄力を、別の機能成分によって補わなくてはいけません。さらに、すすぎ工程がない分、一度衣類から離れた汚れが再びついてしまわないよう、再汚染を防止することも重要です。高い洗浄力と再汚染防止、これらの条件を満たす機能成分を探すことから研究がスタートしました。」

様々な機能成分の配合を試し、ひたすら実験を続けた。

武井研究員は、界面活性剤の濃度を従来洗剤の半分程度まで減らし、その条件下でも有効に働く機能成分を探索した。洗剤に界面活性剤以外の成分を付加することは、これまで開発した製品の中でも行われている。そのためライオンの研究所には、さまざまな成分の知見が蓄積されている。しかし、これまでの知見をそのまま参照することはできなかった。というのも、研究所にあるのは界面活性剤の濃度が比較的高い条件における知見がほとんどで、界面活性剤の濃度が低い条件下において、これまでの機能成分がどのように働くかは未知数だったからだ。既存の知見を活用できないと判断した以上、ひとつひとつ自身で試していくしかなかった。

「衣類の汚れに効率よくアプローチでき、引きはがした汚れを包み込むような構造の成分であれば、高い洗浄力と再汚染防止の両方を達成することができるという仮説はありましたが、結局は試してみないとどう働くか、わかりません。ひたすら実験を続けました。まずは小さな布で試してみて、効果がありそうだと思ったら、衣類で洗濯。100種類以上の成分を試しました。ようやく見つけたときは、本当に嬉しかったですね。」

武井研究員が発見した機能成分は、おしゃれ着用洗剤『アクロン』の新製品に搭載されることが決まった。そして、新製品の名前である『アクロンスマートケア』にちなんで“アクロンスマートケア成分”と名付けられた。

アクロンスマートケア成分は下図に示すように汚れを包み込み、布から汚れを取るだけでなく、汚れの再付着も防止する。

アクロンスマートケア成分の働きを表したイメージ図

アクロンスマートケア成分は、皮脂汚れに対する洗浄力を検討するなかから見つかった成分だったが、メイク汚れやワインのシミなども良く落とした。おしゃれ着洗いのニーズを十二分に満たす性能だった。

さまざまな汚れに対するアクロンスマートケアの洗浄実験結果

さらに、皮脂汚れに対して、アクロンスマートケアを使ったすすぎ0回洗濯は、従来のアクロンを使ったすすぎ1回洗濯と同等の洗浄力であることを示し、衣類に残る成分量も従来と同程度であることを確認した。

アクロンスマートケア成分の洗浄力実験の動画はこちら

最も違いが明確だったのが衣類のシワやヨレだ。すすぎ2回の洗濯と比べると、すすぎ0回の洗濯でシワやヨレが少ないのは一目瞭然だった。

すすぎ回数によるシワヨレの比較

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すすぎ0回の洗濯が当たり前の未来へ

今回、武井研究員が担当したのは製品化前の技術シーズ開発だけではなかった。製品化に向けた開発も担当した。

「私の所属していたのは新しいシーズを開発する新規チームだったので、技術開発後の製品化は他の人に任せる可能性もありました。しかし、私自身が希望したこともあり、引き続き製品開発の担当を任せてもらうことができ、プレッシャーを感じつつもやりがいがありました。これまでにない洗濯体験を提案する製品になるので、きちんと製品の価値を伝えるべく、研究所としても生活者調査などを通じて製品のコミュニケーションやパッケージの開発に携わっていきました。研究者ではなく、生活者の目線になって考える必要がありました。」

武井研究員が、研究の中心的役割を担い、製品化を成し遂げたすすぎ0回洗剤『アクロンスマートケア』は、2023年2月に発売された。自分の開発した製品が店の棚に並んでいるのを目にすると、研究員としてしみじみ幸せを感じると武井研究員は話す。

すすぎ0回を達成するために開発されたさまざまな技術は、特許を取得している。また、2023年4月には、油脂や界面活性剤関連の中でも国際的な学術団体が主催する国際会議にて、本技術に関するポスター発表を行った。学会では、環境負荷低減に貢献する素晴らしい技術であるとの称賛の言葉を得た。

※:2023 AOCS Annual Meeting and & Expoにて報告

 

学会にて報告する武井研究員の様子

現在、武井研究員はこのすすぎゼロ技術をもっと普及させるために、アクロンスマートケア成分の改良などの様々な研究を進めている。

「今はまだ、すすぎ0回に馴染みがない方が多いかもしれません。しかし、実際に使っていただけたら満足してもらえるはずです。5年後、10年後には、すすぎ0回の習慣が当たり前の世界になっていればいいなと思います。すすぎ0回洗濯は、衣類も環境も大切にできます。この洗濯習慣がもっと広がっていけるよう、これからもアクロンスマートケアの改良や新製品の開発に力を入れていきたいと考えています。」

・製品、内容、所属については取材当時のものです(2023年8月取材)

プロフィール
開発担当 武井研究員
入社からファブリックケア製品を開発する部所の新規チームにて、技術シーズ探索から製品化を担当。