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人工知能研究者・黒川伊保子さんに聞く。
「脳と習慣」の切り離せない関係

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毎日当たり前のように繰り返している「習慣」がある一方で、取り入れようと思ってもなかなか生活に根づかない「習慣」も存在します。「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」をパーパス(存在意義)とするライオンとして、習慣化を促すのは大きな課題のひとつです。

今回お話をうかがったのは、株式会社感性リサーチの代表取締役社長、人工知能(AI)研究者、随筆家としてご活躍の黒川伊保子さん。AIの開発に携わるなかで男女の脳回路の使い方に違いがあることを発見。そこからさらに研究を深め、人によって異なる脳の性質をつまびらかに、そして日常に寄り添うかたちで発信し続ける感性研究の第一人者です。

そんな黒川さんに、ご自身の「習慣」から、人とスムーズにコミュニケーションを取るコツ、毎日をより良くしてくれる「習慣」を生活に根づかせるヒントまで語っていただきました。

脳に余計な信号を流さず、疲弊させないための「習慣」

研究で得られた知見を一般向けにわかりやすく解説してベストセラーとなった『妻のトリセツ』『夫のトリセツ』など「トリセツ」シリーズの執筆や、講演、コンサルティングなど忙しい毎日を過ごす黒川さん。健康な生活を送るために大切にしている「習慣」があるそうです。

黒川:まず、脳にとって「習慣」というのはとても大事なことだと思います。人が疲れを感じるとき、それは脳に流れている「多すぎる信号」が原因なのです。たとえば一日中、そりが合わない人と仕事をしていると、1分に1回くらい、「この人嫌だわ」と脳が無意識に思ってしまう。また、新しいことばかりに囲まれていると、脳が認知しないといけない対象が増えて、信号がたくさん流れてしまう。こうした「多すぎる信号」によって、脳は疲弊していきます。

――疲れないためには、脳になるべく負荷をかけないようにすることが大切なのですね。

黒川:はい。そのためには、できるだけ一日を習慣で回していくのが良いんです。朝起きたら顔を洗う、ご飯を食べたら歯をみがく。習慣に基づいた行動をとるときは、脳に余計な信号が流れません。だから私自身も、習慣を大切にしています。

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――実際に続けている習慣はありますか?

黒川:毎日欠かせない習慣は二つあります。一つは歯みがきです。やはり口腔内の清潔はすごく大切。そして、もう一つは足みがきです。

――足みがき?

黒川:専用のフットブラシを使って、足裏の不要な角質だけ取り除きます。歯みがきって、サボると気持ちが悪くて、たまらないですよね。それと一緒で、足みがきも1週間続けたらやめられなくなります。足みがきをすると、足の感覚が変わるんです。私は社交ダンスをするので、踊るときに足の裏の感覚をミリ単位で調整しているような気持ちになります。口腔と同じように足の裏も健康に大事。最近は足裏の刺激と記憶の定着に関係があると言われています。歯以外にもみがいて気持ちいいところがあるんだということは、私としては大発見でした。

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「言葉は相手のためにある」。すれ違わないコミュニケーションのヒント

とっさのときの脳の使い方には2タイプあると黒川さんは言います。ひとつは、男性に多い「いまできること」に照準を合わせる「ゴール指向問題解決型」。もうひとつは、女性に多い「ことのいきさつ」から思考を広げる「プロセス指向共感型」です。その違いは、コミュニケーションのすれ違いを生みます。

黒川:私には、コミュニケーションが上手くいかなかったときに、相手の脳のなかで起こっていることを分析してみる習性があります。自分が発した言葉に対して、意図とは違う言葉が返ってきたら「どんな誤解があったんだろう」と反射的に考えるのです。

――たしかに家庭内や職場など、あらゆるコミュニケーションの場において、相手の思考回路を意識するのはとても重要なことですね。

黒川:言葉は、受け取る立場だけでなく、発する立場としても注意が必要です。基本的に自分の表情と言葉には責任があると思います。

私にとって、言葉というのは、相手の脳のためだけにあるものです。もちろん相手に対しての愛情や尊敬など、自分の気持ちを表現するときにも使いますが、怒りや愚痴のためには使いません。

――「言葉は相手のためにある」というのは、とても素敵な考えですね。とはいえ、実践するにはなかなかハードルが高そうです。その考えに至った背景にはやはり脳の研究があるのでしょうか?

黒川:そうですね。研究を通じて、「このタイプの脳には、こういう傾向がある」ということを類型で知っているので、「このことに固執しているということは、脳のここに電気信号が流れているんだろうな。だから私の視点は納得できないし、これを言っても伝わらないだろう」と客観的に理解しているのだと思います。

また、私の毎日が習慣でうまく回っていて、脳が疲弊していないのも重要だと思います。もちろん私にだって「トホホなこと」はありますよ。でも、話を聞いてもらって慰めてもらわなければいられないほど疲れていないので、言葉を愚痴に使わなくてもいいのです。

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研究内容を一般向けにわかりやすく解説した黒川さんの著書

「習慣」を使って脳を上手にコントロールする方法とは?

トップアスリートたちがメンタルをコントロールするために、決まった手順やパターン化した所作を行なう「ルーティン」。スポーツの世界だけでなく、より良い日常生活を送るうえで重要な役割を果たしてくれると黒川さんは語ります。

黒川:脳が疲れないようにするためには、「ルーティン」をうまく活用して、「習慣化」することが有効だと思います。たとえば「集中力を発揮したいときにある身体のかたちをとる」ということをずっとルーティンにしていると、逆に、「身体がそのかたちをとる」ことで意識が散漫なときも集中できるようになるのです。

――脳が身体から刺激を受けるのですね。

黒川:集中だけでなく、リラックスもそうです。私はよくみなさんに「睡眠前の習慣をつくってください」と言います。そうすると眠りやすくなるからです。寝る前にやることを決めておけば、脳が興奮してしまっているときも、その睡眠前の習慣によって落ち着いてくれる。身体が決まったかたちになることで、そのかたちをとったときの脳の神経信号を誘発してくれるわけです。だからルーティンや習慣は便利なのです。

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習慣化のためには何が必要?「脳の使い方」に対する意識の大切さ

習慣を続けるための動機は、じつは単純なことだと黒川さんは語ります。

黒川:「気持ちいいから習慣になる」というだけのことだと思います。良いことだからといって必ずしも習慣にはなるわけではない。脳が「気持ちいい」と感じなければ習慣にはならないのです。私は、歯みがきも足みがきも、終わったあとの爽快感、気持ちよさがあるからこそ続けることができています。

――ただ、たとえば「資格試験に合格したいから勉強の習慣をつけたい」とか、ある程度無理をしなければいけない状況もあると思います。その場合に習慣化させるいい方法はあるでしょうか?

黒川:そうですね......その場合は手段や目的よりも「目標」に集中することが大事だと思います。

――ある習慣を手にすることによって得られるものをゴールに据えるということですね。

黒川:私は、体幹トレーニングを習慣にしています。そのモチベーションは、「憧れのダンサーのレッスンについていきたい」という気持ちです。今年の7月に19歳で『全日本10ダンス選手権大会』アマ部門のチャンピオンになった五月女光政さんにレッスンをしてもらっていまして。五月女さんの躍動感、スピードのあるダンスについていきたいのです。

勉強なら、頑張って試験を受けた先に自分が手にできる「報酬」が何なのか、そういったことを明確に、具体的に想像してみるといいのかもしれないですね。たとえば「毎日英単語を10個覚える」みたいなことなら、それを続けて1か月後の試験で合格したら何か特典があるといった「報酬」が脳には必要な気がします。

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――ライオンのパーパスである「より良い習慣づくりで、人々の毎日に貢献する(ReDesign)」については、どのように考えますか?

黒川:企業にできることは、「より良い習慣を提案する」ことだと思います。習慣をつくっていくのは生活者たち自身ですから。

「これをやらないと80歳になったときに病気になる」と言われても、20歳の人にはピンとこない。「やらないとダメになる」という伝え方より、「やると素敵なことがある」もしくは「やった瞬間に、すぐ快感で、楽しい」という伝え方のほうが、効果的なのではないでしょうか。

――習慣化をうながすには、ネガティブなモチベーションより、ポジティブなモチベーションを提案するということですね。

黒川:人間が「ゴール指向問題解決型」の脳回路を使っているときは、問題点を洗い出し、それを解決できる方法を探すことを目指します。ビジネスパーソンが会議室にいるときは「ゴール指向問題解決型」の考え方になりがちです。「これを習慣にすればこんな問題が回避できます」という説明の仕方が、生活者に対しても有効な気がしてしまいます。

でもじつは、生活者が商品を選ぶときは「プロセス指向共感型」。「楽しいこと、気持ちいいことがすぐに起こる、そして、続けるとさらにうれしいことがある」というモチベーションじゃないと動きません。

会議室でビジネスパーソンが使っている脳回路と、スーパーで商品を買おうとしている人の脳回路は違うので、その点に気をつけて思考してみると、企業から生活者へのコミュニケーションはもっとスムーズになるかもしれません。

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黒川:生活のなかにいかにポジティブな感情、「気持ちいい」「楽しい」「うれしい」を加えられるか......。より良い毎日、健康な未来のために「良い習慣」を提案するには、そんな視点が大切になりそうです。

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