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感染3要因② 感染経路の観点から

実生活における飛沫感染リスクとその対策

世界一のスーパーコンピュータ「富岳 ふがく 」によるシミュレーションで、社会経済活動の早期回復を目指して、ウイルス飛沫感染の予測とその対策を提案されている坪倉誠先生にお話を伺いました。

このインタビューは、2021年5月に当社研究フェロー村越が行いました。

先生のプロフィールはページ下部にてご紹介しております。

坪倉先生:私の専門は流体工学です。COVID-19に対する活動を始めたのは2020年の4月です。理化学研究所・文部科学省から「スーパーコンピュータ『富岳』にて提供可能な計算資源を新型コロナウイルス研究・対策のために提供する」というリリースが2020年4月7日に出され、それに応募をしました。実際のシミュレーションは感染症やウイルス、唾液の専門家、室内空調に明るい建築系企業など総勢20~30人のチームでシミュレーションのための実験データ取得と並行して取り組んでいます。

村越:世界保健機関(WHO)のパンデミック宣言が2020年の3月11日で、「富岳」の公募は4月7日。20人以上もの専門家を牽引してこれだけすばやくチーム編成できた経緯を教えてください。

坪倉先生:当時、僕らのチームスタッフは、みな緊急事態宣言下で在宅勤務をしていたのですが、毎日家でテレビ見ていると、誰もがこれはただごとじゃないなと肌で感じていました。ちょうどそのタイミングで「富岳」を提供しますとアナウンスがあり、すぐに若い研究者の一人がチームのslackに「僕らもできることをしよう」と呼びかけたのです。すると、神戸大学の学生や理化学研究所の研究員などからすぐに反応がありました。議論していく内にCOVID-19の主な感染経路はどうも飛沫感染のようで、自動車エンジンの燃料噴射を解析するシミュレーションプログラムが使えるだろうという話になりました。くしゃみをしたときの飛沫の発生とエンジン燃料着火のしくみが、物理的には同じなのです。

村越:飛沫感染仮説を立て、ご専門の研究分野の成果を応用していかれた訳ですね。

坪倉先生:そうです。ですが僕らは感染症の専門家ではないので、感染症やウイルス学の専門家、唾液に詳しい歯学部の先生、室内の空調に明るい建築系企業など、いろいろな人に声をかけました。こういう緊急事態のときは、誰もが何か貢献したいと考えているものです。「「富岳」の計算資源を使ってシミュレーションするので協力いただきたい」とメールをすると、30分も経たずに「やりましょう」という返信が集まり、その2日後くらいにオンライン会議を開いて、枠組みを決め、すぐに文科省に応募をしました。

村越:素晴らしいお話に感動です。世界一の「富岳」だからできたことは何でしょうか。

坪倉先生:「富岳」は、前身のスーパーコンピュータ「京」の数十~数百倍の計算資源があり、非常にたくさんの計算を並行して行うことができます。活動開始当時は、感染が一気に広がっている時でしたので、実生活での様々な場に応じた最適な感染対策を提案できるように、ひと月に1回はプレスリリースしようと決めていました。このスピード感での実施は、まさに「富岳」のおかげです。もし「京」だったら、同じ結果を出すのに1~2年はかかっていたでしょう。

村越:海外で同様な研究はあるのでしょうか。

坪倉先生:海外でも研究されていますが、多くがラボレベルでの単発的な解析です。我々は、チームで非常にたくさんのケースを解析しています。例えば公共交通機関であれば観光バス、路線バス、タクシー、通勤電車、飛行機。救急車まで解析しました。室内では、オフィス、病室、教室、劇場、映画館など。教室は、小学校から大学の教室まで、様々なケースを解析しました。実生活の様々な場面を想定して総合的な解析を行っているのは、私たちのチームだけではないかと思います。

村越:「富岳」だからこそ、スピーディに並行して、多面的にシミュレーションが実施出来た訳ですね。理化学研究所のホームページに掲載されている先生方のご研究 は、マスクのつけ方、換気、パーティションの重要性など、飛沫感染対策について非常によく理解できます。一連のご研究の中で、意外だった知見がありましたらお聞かせください。

坪倉先生:飛沫の飛び方です。距離と到達量が反比例するのではなく、飛沫のほとんどは1m以内に落ちます。他方、エアロゾルはふわふわと漂い、2mくらい、さらには風によってもっと飛んでいき、飛沫とエアロゾルとで綺麗に動きが分かれる点が、興味深かったです。5μmより小さい飛沫をエアロゾルといいますが、このサイズでは、重力の影響を受けにくくなり、ブラウン運動が支配的となって、雲のように漂うのです。2m以上離れると、エアロゾルの到達量も急激に減るので、ソーシャルディスタンス2mというのは、とても良い数字だと思います。

村越:飛沫とエアロゾルのサイズ分布についてですが、最初から一定の分布があるのですか。

坪倉先生:これは、飛沫の発生する場所によって、最初から分布しています。口腔内で発生する飛沫は実はごく一部で、声帯が震えるときや、もっと奥の肺胞の方で弾けて小さい飛沫が発生することもあります。また、発生する場所によって、飛沫やエアロゾルに含まれるウイルスの密度が違うという議論もしています。

村越:なるほど。興味深いお話ですね。

坪倉先生:一つのエアロゾルに含まれるウイルスはたかだか数個なのに、それを吸ってなぜ発症するのか説明がつかず、2つ仮説を立てています。エアロゾルは小さいために、肺の奥まで入るから発症しやすいという説と、エアロゾルには大きな飛沫よりたくさんのウイルスが含まれるのではないかという説です。そこで現在は、含まれるウイルス量が異なる場合、飛沫が体内に入ってから発症するまでに、免疫細胞がどのように反応するのかという数値モデルを加えた「統合感染リスク評価シミュレーション」の開発を始めています。

村越:常識が覆るような新しい発見に繋がりそうですね。次に、換気の重要性に関してはどのようにお考えでしょうか。

坪倉先生:換気は大変重要です。ただ、室内も自動車も、換気システムは良く設計されているので、機械換気を止めて窓を開けてもあまり効果が向上しないケースもあります。例えば車の場合、窓を開けるより、窓を閉めて外気モードのエアコンを最大風量で運転する方が、換気効果が高くなります(図1)。

図1 タクシーにおけるリスク評価と対策について
出典:理化学研究所計算科学研究センター
タクシーについて、窓の開け閉め、エアコン風量の違いによる換気能力の差を比較した図。エアコンによる機械換気能力が支配的であり、時速40km走行時においては、窓開けにより換気量は約25%向上するが、時速20km走行時では、窓開けの効果はほぼ認められない。

実際の講演動画は、こちらでご覧いただけます。(2021年9月15日表示)

https://www.youtube.com/watch?v=267HdDdIywI

村越:米国の疾病対策予防センター(CDC)が推奨した二重マスクについてはいかがでしょうか。

坪倉先生:二重マスクが推奨されたときに、『本当かな』と思いすぐにシミュレーションしてみると、1枚をしっかりつけたときと効果は変わりませんでした。二重にするより、顔にフィットさせることが重要です。着けてからではなく、着用前にノーズワイヤーを自分の鼻の形に合わせる。これだけで10~20%性能が上がりますから(図2)、是非習慣にしてください。でも、2枚にすると安心感がある。感染のリスクに備えるとき、何となく安心感でやっていることがとても多いですね。

図2 マスクによる感染予防について
出典:理化学研究所計算科学研究センター
不織布マスクのノーズワイヤーを鼻の形状に沿って変形させて装着した(タイトフィット)時と、ワイヤーを折り曲げずにそのまま装着した(ルーズフィット)時の飛沫の飛ぶ様子。飛沫の捕集効果は、ルーズフィット時69%、タイトフィット時85%と試算され、マスクの装着の仕方で、飛沫捕集効果に約15%差が生じる。

実際の講演動画は、こちらでご覧いただけます。(2021年9月15日表示)

https://www.youtube.com/watch?v=KGFQREnkxZ0

村越:確かに安心のために、過剰対応をしていたり、逆にリスクを誤って理解している部分がありますよね。

坪倉先生:屋外ならば安心と思うのも同じです。屋外でも風向きによっては非常にリスクが高まりますが(図3)、「外だから大丈夫」という思い込みがあります。状況によって、リスクが異なることを冷静に判断してもらいたいと思っています。

図3 野外活動におけるリスク評価と対策について
出典:理化学研究所計算科学研究センター
屋外活動時の飛沫到達の様子を、風速、風向き別に示した図。テーブルを囲み、大声で発声している状況を想定している。無風状態では、真正面の人のリスクが最も高いが、微風状態では、風下側の感染リスクが高まることがわかる。屋外においても、マスクによる飛沫飛散の抑制効果は大きく、0.5m/sの微風状態を想定した場合、1mの距離であっても到達する飛沫量をほぼゼロにすることができる。

実際の講演動画は、こちらでご覧いただけます。(2021年9月15日表示)

https://www.youtube.com/watch?v=267HdDdIywI

村越:リスクを正しく理解してもらい行動変容に繋がる情報発信をすることが大切ですね。

坪倉先生:私たちは、人を恐れさせるだけのショッキングな情報発信は絶対にしないと決めて活動しています。私たちのシミュレーションは、感染の正しい理解に役立てていただくため、必ず対策とセットにして、世界に向けた情報発信をしています。

村越:では最後にメッセージをお願いできますでしょうか。

坪倉先生:飛沫感染は人から人へ感染するので、一人ひとりが感染リスクをよく理解し、対策することが大切です。完璧な対策はありません。いくつかの対策を組み合わせて感染リスクを下げることを心がけてください。また、極端な対策は長続きしないので、対策は持続可能であるべきです。最後に、COVID-19の特徴は、一人のスプレッダーから多くの人に感染するケースがあることです。最も有効なのは、感染しない対策より、人に感染させない対策です。ある意味人間の根本的な行動原理だと思いますが、「人を守るんだ、それによって社会全体のリスクが下がるんだ」ということを強く感じて行動してほしいと願っています。

村越:たくさんの貴重なお話をお聞かせいただき、誠にありがとうございました。

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理化学研究所計算科学研究センターチームリーダー/
神戸大学大学院システム情報学研究科 教授

坪倉 誠 先生

坪倉 誠 先生

1997年東京大学大学院工学系研究科機械工学専攻博士修了。博士(工学)。1999年東京工業大学大学院総合理工学研究科講師。2003年電気通信大学電気通信学部助教授、2007年北海道大学 工学研究科 准教授。2012年理化学研究所計算科学研究機構チームリーダー(兼務)。2014年神戸大学大学院 システム情報学研究科教授、2017年からクロスアポイント制により理化学研究所と神戸大学双方に研究室をもつ。

坪倉先生のCOVID-19関連のご研究結果は、理化学研究所計算科学研究センターのホームページで、ご覧いただけます。(2021年9月15日表示)

室内環境におけるウイルス飛沫感染の予測とその対策

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