閉じる

英語版をみる

ステイホームと健康維持の両立

コロナ禍は私たちの働き方や生活に大きな変化をもたらしました。ステイホームが求められる生活において気をつけるべきことは何かを、予防医学の専門家で、内科医や産業医としても活躍されている福田 洋先生に伺いました。

このインタビューは、2021年5月に実施しました。

先生のプロフィールはページ下部にてご紹介しております。

予防医学の視点から臨床と職場を繋ぐ

私が予防医学に興味を持つきっかけとなったのは、医師1年目の、糖尿病の患者さんとの出会いでした。2型糖尿病は、食事療法や運動療法によって血糖コントロールをしながら症状を改善していくのですが、私が一生懸命生活の見直しをお願いしても飲酒も喫煙もそのままで、当然血糖値も下がらないという方がおられて、フラストレーションを感じていました。しかし、その後、厚生労働省の実態調査※1で、糖尿病が強く疑われる方の半数が来院していないということを知り衝撃を受けました。来院してくださること自体が大変貴重なことだったのです。残りの半分にリーチするには自分が企業の産業医になればよい。健康診断でスクリーニングすることで臨床につなげることができると考えたのです。

大学病院職員の抗体保有率調査で見えてきたこと

2020年夏に順天堂医院の医療従事者・職員の健康診断を行った際、SARSコロナウイルス2型(SARS-CoV-2)の感染既往を調査するため、4,147人(医師1,111人、看護師1,308人、技師236人、その他医療従事者314人、事務職員510人、研究者632人、その他36人)を対象にSARS-CoV-2抗体検査を行いました。抗体が陽性であれば、過去に感染したかどうかがわかります。結果は4,147人の内14人が抗体陽性反応を示し、抗体陽性率は0.34%であり、同時期に厚生労働省が東京・大阪・仙台で一般の方を対象に行った調査結果とほぼ同率でした(表1)。また、SARS-CoV-2への曝露リスクが高い医療従事者と、曝露リスクが低い環境で勤務している職員とを比較しても、陽性率に有意な差は認められず、しかも、COVID-19診療チームの医師や看護師、PCR検査を担当する臨床検査技師はすべて抗体陰性という注目すべき結果となりました。

この調査結果※2は、COVID-19診療の最前線に従事し、SARS-CoV-2への曝露リスクが高い医療従事者であっても、適切な感染防御対策を徹底することで、一般の方と同等まで感染リスクを減らすことができるということを示しており、とてもポジティブなメッセージです。当院の感染対策は医療機関としてはごく一般的なもので、頻繁にPCR検査をして感染を確認するなどの特別な措置はしていません。コロナ禍での感染対策について質問が寄せられた際も、基本を忠実に実行することの大切さを伝えています。

コロナ禍の2020-2021シーズンは、インフルエンザ患者の報告数が例年に比べ非常に少なかったのですが、これも、COVID-19の流行によって手洗いやうがい、マスクの着用、人混みを避けるといった基本的な感染対策が浸透したことが大きく影響していると思います。適切な感染防御対策を継続することがとても重要です。

テレワークなど働き方の変化が与える健康影響について

私が会長を務める「さんぽ会(産業保健研究会)」は、産業医・保健師・人事労務・学生の意見交換と交流の場です。オンラインで開催している月例会から、企業のCOVID-19への対応がかなり早い段階から行われていたことがわかりました。日本国内でCOVID-19第一例目が確認されたのは、2020年1月15日でしたが、企業は1月の時点で、すでに海外赴任している社員への対応を検討し始めており、2月には、さんぽ会会員が関わるほぼすべての企業でCOVID-19への対策を議論していました。5月に行った企業の新型コロナ対応についてのアンケート※3からは、回答した122社のほぼすべてでCOVID-19による課題が生じていることがわかり、困りごとの一例が「テレワークによる健康への影響」でした。

テレワークを続けた場合の、食事や運動、休養や飲酒習慣の変化についての情報を求めて、国内外のシンポジウムやワークショップなどに参加して見えてきたことは、テレワークによる健康影響は世界共通であるということです。イギリスで850人を対象に行った調査※4によると、テレワークの健康影響の特徴は、①身体的健康への影響、②精神的影響、③生活習慣への影響の3つに分けられます。①身体的健康への影響としては、目が疲れる、頭痛、首や腰が痛いなどのVDT症候群※5が見られ、②精神的健康への影響としては、不眠、うつ様の症状、リラックスできないといった訴えがあり、③生活習慣への影響としては、運動不足、食事の乱れ、飲酒の増加、そして在宅でありながら労働時間の増加が認められています。

日本健康教育学会主催のワークショップ※6では、各界の著名な先生方がコロナ禍の健康影響に関する研究動向をリレー講演され、その内容から、テレワークの健康影響は図1のようにまとめることができます。私自身、パンデミック下において外出自粛を求められる生活は、健康への悪影響がほとんどと思っていましたが、様々な研究は、健康影響は個人差が大きいことを示しています。

図1 ウィズコロナ・在宅勤務の健康影響

ニューノーマル時代のキーワードはヘルスリテラシー※7

私の外来の患者さんにも、コロナ禍で空いた時間をすべてトレーニングにあててダイエットに成功した方がいました。健康な人や清潔好きな人はより健康になり、自分の健康に無頓着な方は、よりその傾向が強まる。その差が明確に出てくる点が特徴的だと感じます。コロナ禍で、日本は心筋梗塞や脳出血などを含めて超過死亡数※8が大きく減少しましたが、これも、感染予防だけでなく皆が健康に気をつけていたことの表れではないかと思っています。

テレワーク主体の働き方が求められるニューノーマルな時代では、これまでは、職場で行っていた労働衛生の3管理といわれる、作業環境管理、作業管理、健康管理を、自宅で自ら行っていただくことが重要になってきます。健康的にテレワークを続けるポイントは、①自宅の作業環境・作業管理を整えること、②気持ちの切り替え、③30分に1回は立ち上がること、④ICTを活用してコミュニケーションを密にとること、⑤ライフログで健康をセルフチェックすること、⑥産業医・保健師とのオンライン面談を活用すること、⑦ヘルスリテラシーを高めることの7項目です(図2)。

図2  新常態下のセルフケア・健康支援のポイント
福田洋(2021)「データヘルスの推進〜企業・健保・健診機関ができること」
『総合健診』 48(5).56-59より

COVID-19は、私たちの生活に大きな変化をもたらしましたが、悪い影響ばかりではありません。例えば、デジタル化が進んだことはコロナ禍の一つの光明です。健康情報の発信や社員の健康管理だけでなく、健診後の健康相談をオンライン面談で行えるようになるなど産業保健活動もオンラインによって大きく変化するでしょう。また、デジタル技術の活用によって、性別や年齢、病歴などに合わせた情報提供も可能になっていくと思います。

コロナ禍のような未曽有の事態の只中では、誤情報含め、様々な情報が飛び交います。セルフ検査キットや、ワクチンなどに関して、頼りになる情報源にどうアクセスするかといったこともヘルスリテラシーの一部です。正しい情報に基づいて、一人ひとりが正しく判断して行動する総合的な結果が、感染者数の減少や、パンデミックの収束に繫がっていくのだと思います。

この先もしばらくはウィズコロナの状況が続くと思いますので、基本的な感染予防対策の継続が必要です。自分と自分の大切な人が安心して暮らせるように、一人ひとりがヘルスリテラシーを高めてほしいと思います。

※1厚生労働省「平成14年度糖尿病実態調査報告」(「糖尿病が強く疑われる人」の内、現在治療を受けていると回答した人は50.6%)

※2Hiroshi Fukuda,et al.(2021)SARS-CoV-2 seroprevalence inhealthcare workers at a frontline hospital in Tokyo. Scientific Reports,11,16042

※3福田洋(2021)企業の新型コロナウイルスへの対応~さんぽ会での調査・議論から. 産業医学ジャーナル, 44(1),31-35

※4Working from Home :What is the impact on Wellbeing? Stephen Bevan, Head of HR Research Development at UK-based IES,Global Centre for Healthy Workplaces webinar | Apr 2020

※5VDT:Visual Display Terminalsの頭文字を取ったもので、ディスプレイ、キーボード等により構成されるコンピューターの出力装置の一つを指す。これらの機器を使って長時間作業することによって起こる症状のことをVDT症候群という。

※62021年1月24日開催 日本健康教育学会主催
ウィズコロナの健康教育・ヘルスプロモーションを考えるワークショップ
日本健康教育学会誌2021年29巻2号 p.198-206

※7ヘルスリテラシー:健康情報にアクセスし、理解し、使える能力のこと。

※8予測される死亡者数と比較した場合の、増加分の死亡者数。感染症の流行時に算出されるものは、その感染症が社会に及ぼす影響の大きさを見る指標の一つとなる。

順天堂大学大学院 医学研究科
先端予防医学・健康情報学講座 特任教授

福田 洋先生

福田 洋 先生

1993年山形大学医学部卒業、1999年順天堂大学大学院医学研究科公衆衛生学修了。2011年ミシガン大学公衆衛生大学院疫学セミナー修了。博士(医学)。東京・八重洲総合健診センター健診部長、順天堂大学医学部総合診療科准教授を経て2020年より現職。専門は予防医学、産業保健、ヘルスリテラシーなど。順天堂医院総合診療科で外来を担当する傍ら、日本医師会認定産業医として働き盛り世代の予防医療の確立を目指す。企業の人事や産業医・保健師など多職種産業保健スタッフが交流する研究会「さんぽ会」会長。

Share